公孫樹だよりVol.9 〜明星の自慢〜「中学校八ヶ岳登山」

なぜ、山に登るのか
かつて小学校では遠足はすべて山登り。全学年が高尾山に様々なルートで登り、お昼に頂上で合流、高学年はさらに奥高尾へ足を延ばしていたこともあるそうです。中学校では、7年で八ヶ岳、8年は北アルプスの頂を目指し、9年は白馬岳の大雪渓から稜線を歩くことを長年続けていました。なぜそんなに山にこだわってきたのでしょうか。
 「それはね、必要だからです」と堀内先生。「小学校の化石採集や、鉄作りなどもそうですが、〝自分で体験する教育〟が必要なんです。小学校で千倉の海へ毎年行っていますが、山や海へ行く目的については次の3つが昔から言われてきました。一つは共同生活。山小屋は本当に雑魚寝だったりするので、子どもたち同士、あるいは子どもたちと教師たちが寝食を共にするわけです。二つめは、そういう生活の中で鍛錬すること。体と、そして心を鍛えるということですね。もう一つはそういう共同生活や鍛錬を、大自然の中で行うということ。作り物の中ではなくて、大自然の中での体験、自然学習がすごく大事なんです。今は子どもたち、ゲームなどで遊んでいますから、ますますその大切さは強調されていいと思いますね」
 「鍛錬」という、厳しい言葉が出ました。明星学園と鍛錬ってそぐわないような気がするのですが…「私はあえて〝柔らかな鍛錬主義〟と言っています。大正自由教育の学校は、成城学園など今でも盛んに山に登ってますね。自由というものは、待っているだけでは手に入らない、鍛錬して努力して、初めて手に入るものであるという、そこにつながるんじゃないかな。自由をはき違えない。その象徴となるような行事なのではないかと思います」


八ヶ岳登山で生まれるドラマ
 中学校では、8年と9年の登山は奥阿賀や沖縄民泊など他の行事に代わり、7年の八ヶ岳だけが続けられてきました。残念ながらコロナのために2年間中止でしたが、昨年3年ぶりに有志という形で実施! 8年生も9年生も登っていないので全学年に参加希望者を募ったところ、予想以上の応募があって泣く泣く抽選となったそうです。
 八ヶ岳登山は、八ヶ岳連峰最高峰、標高2899mの赤岳登頂を目指す二泊三日の本格的な登山です。大きなリュックに足元は登山靴。事前に低山への練習登山も行って、本番に臨みます。

初日は標高2300mにある山小屋、赤岳鉱泉まで歩き、ここで一泊。翌日は赤岳に登頂し、赤岳鉱泉に戻ってもう一泊、三日目に下山します。二泊三日ずっと、班ごとに10人くらいの子どもたちと先生とで歩く。そこにはドラマが生まれるそうです。
 まず一日目、先生を先頭にして班ごとに歩き始めます。自信のない子は足取りが重く、反対に自信のある子はどんどん早く歩いて、先生を追い越そうとアピールする。「だから最初はペースができなくて、大変」と堀内先生。「実はグループの中で一番重要なのは最後尾でね。後ろからちゃんと全体を把握して、遅れてる子がいたら『先生、ちょっと待って』って言ってくれるような、まとめ役が必要なんです。子どもたちもちゃんと見ていて、歩くうちにだんだん役割ができてくる。一番大変な子は先生のすぐ後ろ、そのペースに合わせて歩いて、そうやって一日目、それぞれのチームが小屋に着くわけですよ」子どもたちの光る汗が見えるようです!

自分の足で歩いて、辿り着く場所
 二日目は頂上を目指します。「山小屋から赤岳の頂上が見えるんですよ。八ヶ岳ブルーと言われる青空の中、遠近感ないほど遠くに…。初めて見た時は、本当にあんなところに登るんですかって思いました」と小畑先生。小畑先生は、八ヶ岳登山の下見が初の山登り体験だったとのこと。
「それが翌日、必死に歩いて樹林帯を抜けて稜線に出ると、ぶわっと視界が開けて360度ビュー! 富士山も見えて、なんだ、こりゃあ!と感動しました」。
ただそこからは高度感との闘い。頂上へは鉄梯子や鎖を握りながら登ります。「そこでウッていう緊張感があるんですよ。子どもたちもみんな無口になる瞬間です」。実際、足が前に出なくなったり、「嫌だ~!」と叫びだす生徒がままいるそうです。「そんな時、『下りるのも一人だよ、どうする?』と言うと、あきらめたかのように『行く…』。天気がいい時ほど高度感すごいんですよ。周りの子が、『下見なきゃ平気、大丈夫だよ、落ちても私たちが拾ってあげる!』って、それは絶対無理(笑)。でも頂上に着いたら笑顔になっちゃうわけ。あれはね、やっぱり自分で歩いたから。いくらドローンで景色見られても、自分で行ったっていうプライスレスの付加価値がつくんですよね。下りてきて、山小屋から赤岳がまた見えると、あんなところに登ったんだよね、信じられないねって」
実は二日目の方が標高が高い分涼しく、荷物も軽く、また完全な登山道なので横に広がることもなくて歩きやすい、と堀内先生。「中には今の話みたいに、稜線に出た瞬間、高所恐怖症で這いつくばっ
う子も出るけど、その子に声をかける子も出てくるし、怖がっていた子も頂上まで行ってあとは下りだけだと思うと、リズムを作ってあげるだけでパパッと歩けるんですよ。それがすごい自信になるんです。翌日はもう下山するだけ。あのつらかった道が全く違って感じる…諦めないで乗り越えられた、自分はできたんだっていう、そういう象徴的な経験って普段なかなかできないんだけど、山って非常にわかりやすく経験できるんですね」。心と体の鍛錬だというお話が、なるほどと感じられます。

山で先生がやってはいけないこと
 長く続く登山行事ですが、生徒が大怪我するなどの事故は、これまで一度もないそうです! 素晴らしいですね。その中で、「山で先生がやってはいけないこと」が2つあるとのこと。1つは生徒の荷物を先生が安易に担ぐこと。疲れた子の荷物を持つならみんなで分担。もう1つは生徒を担ぐこと。非常事態の時は何とか小屋に連絡を入れて助けを求める。それは、先生自身がつぶれてしまうことにより大きな事故につながる危険の回避、また、チームワークのためでもあるそうです。「一人では歩けない子が、仲間と一緒に歩くことで乗り切れる。体力よりも気持ちの問題が大きいんですね。ただ手を貸すのがいいことではないというのが、山ですごくよくわかりました」と小畑先生。堀内先生も、手を差し伸べられるのを待つような子どもに育てようとは全く思っていないと言います。「遅れてもいいから、自分の足で立つ子どもを教育しないといけない。手を伸ばすことは簡単だけど、待つ。それは、無視するのとは違うんだよね」。親もそうありたいものです! 
 事故がないのは、天候など慎重に判断し、絶対に無理をしないからでもあります。雨や風で赤岳を諦めて隣の硫黄岳にしたり、頂上まで行かずに引き返す年も。「せっかくここまで来たから、と思いがちだけど無理はしない。その判断さえできれば、山が都会よりも危険ということはない」と堀内先生。「命の危険ということで言えば、吉祥寺駅のホームでパッと押されたら、なんて身近にいっぱいあるんだけど、日頃考えないでいる。山に行くと、怖いという感覚が目の前にあるから、どう気をつけなくちゃいけないか、慎重になる。その時に本能が目覚める感じがするんだよね。何も考えずに右、左と足を出して歩くだけなんだけど、命を意識する。それは悪いことじゃないなと思う」

山にはいつも違う発見がある
 「普段、皆イヤホンしているけど、山では危ないから絶対しちゃいけない。そうすると、風の音が聞こえてきたり、鳥が鳴いてたり、なんかカサコソ言ったよとか、匂いがふわってしたり、あれはやっぱり行かないとわからない。八ヶ岳も20回近く登ってるけど、いつも何か違う。雲の形とか、毎回毎回違う発見があるんですよ」(小畑先生)
 今では登山が趣味という小畑先生が顧問の中学校「山歩き部」は現在部員10名、高校生も都合が合えば参加するそうです。夏には北アルプスの稜線を歩くのが定番。「お天気がいいと、稜線にある小屋から、遮るもののない日の出、日の入りが見られるんです。あれはぜひ見てほしい!」
 ゲームやディズニーランドでは絶対に体験できないことが、山にはある! そう感じた取材でした。
 登山はリスクもあるので、新しい学校ではなかなかできない、また一度やめたら戻せない行事だと堀内先生。遊んでばかりと言われようとも、子どもたちに自然の中で体験をさせようと、長年真剣に取り組んできた「遠足学校」の歴史が、これからも続くことを願います!

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